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脊損にいたるまで・・・病院編 [病気・身体]

おはようございます。takashiです。

昨日の夜から始まった、私の脊損ブログ。

まだ退院してから、一ヶ月経ちません。

こうなった原因は精神的におかしくなり、6~7mの鉄橋から飛び降りた事です。

その結果、何もかも失いました。

どこまでも歩けた足、いつも移動で使っていた車、毎週の様に家族でしていた外食、唯一いっしょに出かけていた叔父さん、こうなる前から多少ストレス性過活動膀胱だった俺の膀胱、普通に出ていた便、その他失ったモノが多すぎて分かりません。

中でも一番厄介なのが脊損してしまい尿意が無い事です。(便意もですが・・・)

尿意が無いので、私の場合は取る水分量もある程度影響しますが、2時間おきにトイレに行きます。

入院生活11ヶ月の間、9ヶ月の間、記録しているだけで14回は手術しました。

多分、本当はもっと回数が多いと思います。

ICU、精神科に入院中は殆ど高熱と意識が朦朧(もうろう)としていて、よく覚えていません。

薄っすら記憶にあるのはICUにいた時はもの凄く喉が渇いて、飲み物が飲みたくて仕方が無かった事です。

また今が午前中なのか午後なのかが分かりませんでした。

一番最初の記憶は看護婦さんに殺されるという謎の記憶です。

物凄く体が寒くて、入ってる点滴の落ちる筒の所が凍りだすという現象です。

そのくらい頭が逝っていたと言う事でしょう。

意識が朦朧(もうろう)とする中で一番したかった事は、ブドウジュースが飲みたいと思った事です。

多分、輸血のパックがブドウジュースに見えたのかも知れません。

その後はなぜかアメリカのホテルのバーにいる感覚になり、大勢いるICUの病室に入ってくる人が外国人で、みんなドリンクを頼んだりしていて、私はその中の人にコーラが飲みたいと言っても出してもらえず、ずっと喉が渇いていたという幻覚です。

兎に角、喉が渇いて仕方なかったのを覚えています。

ベッドの頭の方にあるモニターがいつも自分を監視しているという強迫観念にも襲われました。

ICUにいる時に、窓が明るくなり、外からUFOが来たという時もありました。

まぁ私の幻覚、幻想なんですが・・・。

ICUにいた時は時間の感覚が無く、時間が過ぎるのが早かったり、遅かったりと様々でした。

母さんが夜に来てくれたのを薄っすらと覚えています。

俺の担当医だった先生と何かを話していて、その後帰ってしまいました。

本当に母さんには迷惑をかけたと改めて思います。

タラレバになってしまいますが、もしこうなる前に障碍者手帳を取得していたら・・・。

自分をもっと第3者的に見れていればと後悔する日々が続きます。

作業所、就労支援A型、B型、どっちでもいいから働いていたらと思います。

長距離を歩けなくなり、移動する時は尿取りパッドをあて、ふと動いた時にオナラを漏らしてしまう状態でどうやって働いたらいいのか分かりません。

今の所、外で失禁、脱糞はありませんが、そうなったらどうしようと思うと外に出るのが嫌で仕方ありません。

なぜ、あの時にもっと自分を大事に出来なかったのか・・・。

私は車椅子には乗っていないので、見た目は健常者と変わりませんが、外出時は松葉杖を使っているので、はたから見たら足を怪我しているのかな?くらいだと思います。

もし、今生きているのが辛くて、自殺をしようと考えている人が居たならば、忠告します。

自殺で必ず死ねるとは限りません。

もし私みたいに命を取りとめた場合、その後とても後悔の日々が続きます。

学校に行くのがつらい?仕事に行くのがつらい?生きるのがつらい?

なら一回全部止めて見て、1日、1週間、自分と向き合ってみてはどうでしょうか?

今の自分のいる世界は平らじゃありません。外から見たら丸いかも知れません。

もしかしたらマル以外の形かも知れません。

それくらい私たちは世界を知らないという事です。

今日はここまでにします。

もし私のブログを読んでいてくれる方がいたら嬉しいです。
タグ:病気 自殺 脊損
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